「70BのモデルにはGPUが何枚必要か」という問いは、実は答えられない。必要なVRAMはモデルのパラメータ数だけでは決まらないからだ。
必要VRAMはモデルの重み・KVキャッシュ・オーバーヘッドの3つの合計である。このうち見積もりを外す原因はほぼKVキャッシュ側にあり、しかもそれはモデルではなく使い方(コンテキスト長と同時実行数)で決まる。同じモデルでも、社内文書の要約に使うか100万トークンの長文脈で使うかで、必要なGPU枚数は数倍変わる。
本記事はローカルLLMの調達判断に必要なVRAM見積もりの手順を、計算式・モデル別早見表・単一ノードの限界という順で整理する。モデルそのものの選定はローカルLLM比較2026|オープンウェイトモデルの選び方を参照してほしい。
この記事の対象読者
- オンプレでのLLM運用を検討し、GPU調達の見積もりを作る必要があるインフラ担当者
- 「H100を何枚買えばいいのか」を経営層に説明する必要があるAX推進責任者
- クラウドGPUのインスタンスサイズを決めかねているプラットフォームエンジニア
- PoCでは動いたが本番の同時実行数でVRAMが足りなくなった経験のある方
必要VRAMは3つの合計で決まる
| 要素 | 何で決まるか | 見積もりの難易度 |
|---|---|---|
| モデルの重み | 総パラメータ数 × 精度のバイト数 | 易しい(固定値) |
| KVキャッシュ | 同時実行数 × コンテキスト長 × モデル構造 | 難しい(運用で変動) |
| オーバーヘッド | 推論基盤・アクティベーション・断片化 | 中(経験則で1〜2割) |
重みは公表値から機械的に出る。問題は残り2つで、特にKVキャッシュは「モデルのスペック」ではなく「業務の使い方」の関数である。調達見積もりが外れるのはほぼここである。
1. 重み — 総パラメータ×精度
重みに必要なVRAMは、総パラメータ数に精度あたりのバイト数を掛けるだけで概算できる。
| 精度 | 1パラメータあたり | 300億パラメータの場合 |
|---|---|---|
| FP16 / BF16 | 2バイト | 約60GB |
| FP8 | 1バイト | 約30GB |
| INT4 / 4bit量子化 | 約0.5バイト | 約15GB |
300億パラメータ(30B)のモデルはFP8で約30GB、という対応を覚えておくと現場の暗算が速くなる。
MoEは「アクティブ」ではなく「総パラメータ」で見積もる
ここが最も多い間違いである。
2026年のオープンウェイトモデルの多くはMoE(Mixture of Experts)構成で、モデルカードには「総2.4兆パラメータ、うち950億がアクティブ」といった書き方をされる。この「アクティブ」は1トークンを生成するときに計算に使われるパラメータ数であり、演算量とレイテンシの話である。
一方でVRAMは違う。どのエキスパートが選ばれるかは入力によって変わるため、全エキスパートの重みをVRAM上に常駐させなければならない。つまり:
- 演算量・レイテンシ → アクティブパラメータで見る
- 必要VRAM → 総パラメータで見る
Mistral-Small-4-119B-2603はアクティブが65億(128エキスパート中4つが活性)だが、必要VRAMは1,190億パラメータ分、FP8で約119GBである。「アクティブ6.5Bだから小型GPUで動く」と読むと、調達を1桁間違える。
MoEは「速いが軽くはない」。この理解が調達の前提になる。
2. KVキャッシュ — 長文脈では重みを超える
生成の途中経過(各トークンのKeyとValue)を保持する領域がKVキャッシュである。これはトークンが増えるほど線形に増える。
概算式は次のとおり。
KVキャッシュ = 2(KとV) × 層数 × KVヘッド数 × ヘッド次元
× コンテキスト長 × 精度バイト数 × 同時実行数
具体例で桁感を掴む
仮に、層数48・KVヘッド8・ヘッド次元128というGQA構成の30Bモデルを、FP8のKVキャッシュで動かすとする(実際の値はモデルごとに異なるため、あくまで桁感を掴むための仮定である)。
1トークンあたり: 2 × 48 × 8 × 128 × 1バイト = 約98KB
| コンテキスト長 | 同時実行1 | 同時実行8 |
|---|---|---|
| 8,000トークン | 約0.8GB | 約6.3GB |
| 128,000トークン | 約12.6GB | 約100GB |
| 1,000,000トークン | 約98GB | 約786GB |
重みが30GBのモデルで、100万トークンの文脈を1本張るとKVキャッシュだけで約98GBになる。重みの3倍以上である。
ここから2つの実務的な結論が出る。
「1M対応」と「1Mを業務で常用できる」は別物である。 モデルカードのコンテキスト長は上限値であり、その長さを同時に何本張れるかは手元のVRAMが決める。100万トークンを謳うモデルでも、48GBのGPU1枚では実際には数万トークンの運用しかできない。
同時実行数の設計がGPU枚数を決める。 社内向けチャットで同時20人が使う想定なら、KVキャッシュは20本分を見込む。PoCで1人が動かして足りたVRAMは、本番では足りない。
削る手段
- KVキャッシュの量子化(FP8/INT8)でおよそ半減〜4分の1になる。多くの推論基盤が対応している
- GQA / MLA構成のモデルを選ぶ。KVヘッド数が少ないほどキャッシュは小さい。同じパラメータ数でもモデル構造でKVキャッシュは数倍変わる
- コンテキスト長の上限を業務要件に合わせて絞る。推論基盤側で最大長を制限すれば、その分だけ確保領域が減る
3. オーバーヘッド
アクティベーション、CUDAグラフ、メモリ断片化、推論基盤自体の使用分が加わる。重みとKVキャッシュの合計に対して1〜2割を上乗せして見積もるのが実務的な目安である。
VRAMを使い切る構成は避ける。断片化で確保に失敗し、ピーク時にだけ落ちる障害は原因追跡が難しい。
モデル別VRAM早見表(2026年8月時点)
重みのみの概算である。KVキャッシュとオーバーヘッドは別途加算すること。 パラメータ数は各モデルの公式モデルカードで確認した値を用いている。
| モデル | 総パラメータ | FP8での重み | INT4での重み |
|---|---|---|---|
| Kimi K3 | 2.8T | 約2,800GB | 約1,400GB |
| Qwen3.8-2.4T-A95B | 2.4T | 約2,400GB | 約1,200GB |
| DeepSeek-V4-Pro-0813 | 1.7T | 約1,700GB | 約850GB |
| GLM-5.2 | 753B | 約753GB | 約377GB |
| DeepSeek-V4-Flash-0731 | 304B | 約304GB | 約152GB |
| Mistral-Small-4-119B-2603 | 119B | 約119GB | 約60GB |
| gpt-oss-120b | 117B | 約117GB | 約59GB |
| llm-jp-4-33b-thinking | 33B | 約33GB | 約17GB |
| PLaMo 3 NICT 31B | 31B | 約31GB | 約16GB |
| Gemma 4 31B | 30.7B | 約31GB | 約16GB |
| Muse Glimmer 30B | 29.6B | 約30GB | 約15GB |
| Qwen3.8-27B | 27B | 約27GB | 約14GB |
配布フォーマットが低精度の場合、実効VRAMは表より小さくなる。 実例として gpt-oss-120b はMoEの重みがMXFP4で後訓練されており、公式モデルカードは80GB GPU 1枚(H100やMI300X)で動作すると明記している。総パラメータ117Bから機械的に計算したFP8の117GBではなく、実質はINT4列に近い値になる。導入前に必ずモデルカードの配布形式を確認すること。 表のFP8列は「配布形式が不明な場合の上限見積もり」として読む。
単一ノードの限界
GPUを何枚束ねられるかには物理的な上限がある。8基構成のHGXプラットフォームの搭載VRAMは次のとおり。
| 構成 | 総VRAM | 収まるモデル(FP8重み基準) |
|---|---|---|
| RTX 6000 Ada 1枚 | 48GB | 27〜33B級 |
| H100 1枚 | 80GB | 27〜33B級を長めの文脈で / gpt-oss-120b(後述のMXFP4配布) |
| H200 1枚 | 141GB | Mistral-Small-4-119B |
| HGX H100(8基) | 640GB | DeepSeek-V4-Flash(304B)級 |
| HGX H200(8基) | 1,128GB | GLM-5.2(753B)級 |
| HGX B200 | 1.4TB | 1T級が視野に入る |
| HGX B300 | 2.1TB | DeepSeek-V4-Pro(1.7T)が入る上限付近 |
HGX B200の総メモリ1.4TB、HGX B300の総メモリ2.1TBはNVIDIAの公表値である。
ここから読み取れることは明確だ。Kimi K3(2.8T)とQwen3.8-2.4T(2.4T)は、2026年8月時点で最大構成のHGX B300(2.1TB)にも単一ノードでは収まらない。 複数ノードにまたがるテンソル並列・パイプライン並列が必要になり、ノード間インターコネクトの設計がそのまま推論性能を左右する領域に入る。これは自社オンプレの検討ではなく、データセンター事業の設計である。
フラッグシップ級はAPIまたはマネージド推論で使い、自社に建てるのは30B〜120B級。これが2026年8月時点の現実的な切り分けである。
構成パターン3つ
実務で組まれる構成はおおむね3つに収束する。
パターンA:GPU 1枚(27〜33B級)
- 構成: RTX 6000 Ada(48GB)またはH100(80GB)1枚
- できること: 要約・分類・抽出・一次回答・社内文書検索の生成部分
- 向く規模: 同時実行数が一桁、コンテキストが数万トークンまで
- 調達感: GPU単体で数千〜2万ドル台(2026年8月時点の参考値。実勢価格は需給で大きく振れるため、必ず個別に見積もりを取ること)。サーバ・冷却・電源を含めると1.5倍程度を見込む
多くの社内ユースケースはここで足りる。まずこの構成で業務が回るかを検証してから上を検討するのが失敗の少ない順序である。
パターンB:H100〜H200 1〜2枚(120B級)
- 構成: H100(80GB)〜H200(141GB)1〜2枚
- できること: パターンAで精度が届かなかった業務、複雑な指示追従
- 注意: MoEモデルは総パラメータで載るかを確認する。ただし配布形式が低精度なら要件は下がる(gpt-oss-120bは80GB 1枚で動く)
パターンC:HGX 8基(300B〜750B級)
- 構成: HGX H200(1,128GB)等
- できること: 自社で持てる最上位。ただし投資は桁が変わる
- 判断: この規模を自社で持つ理由は、ほぼ「データを外に出せない」制約に限られる。コスト最適化が目的ならクラウドAPIやマネージド推論のほうが安い
よくある見積もりの間違い
1. MoEのアクティブパラメータでVRAMを見積もる。 前述のとおり全エキスパートが常駐する。総パラメータで見る。
2. コンテキスト長の上限値で常用できると考える。 100万トークン対応は上限であって定員ではない。同時実行数と掛けた実効値で設計する。
3. PoCの実測をそのまま本番に持ち込む。 1人で動かしたときのVRAM使用量に同時実行数を掛ける。KVキャッシュは同時実行数に比例する。
4. 量子化を前提に調達し、精度検証を後回しにする。 INT4で重みは半分になるが、業務によっては精度低下が許容できない。量子化前提の構成を組むなら、自社の評価セットで量子化版を先に測る。
5. VRAMを使い切る構成にする。 断片化とピーク時の確保失敗を招く。1〜2割の余裕を持たせる。
FAQ
Q1. 70BモデルにはGPUが何枚必要か?
コンテキスト長と同時実行数を決めないと答えは出ない。 重みだけならFP8で約70GB、H100(80GB)1枚に載る。ただし同時実行8本・12万トークンの運用ならKVキャッシュが数十GB乗るため1枚では足りない。まず「何トークンの文脈を、同時に何本」を決めてから計算する。
Q2. MoEモデルはアクティブパラメータが小さいのに、なぜVRAMは総パラメータ分必要なのか?
どのエキスパートが選ばれるかは入力トークンごとに変わるため、事前に絞り込めないからである。全エキスパートの重みをVRAM上に置いておく必要がある。アクティブパラメータが効くのは演算量とレイテンシであって、メモリ容量ではない。
Q3. 量子化すればどこまで小さくできるか?
FP8で半分、INT4でさらに半分が目安である。ただし精度は業務によって落ち方が違う。要約・分類のような課題は比較的耐えるが、数値の正確性や長い指示追従が求められる業務では劣化が出やすい。自社の評価セットで量子化版と非量子化版を比較してから決める。
Q4. KVキャッシュを減らす一番効果的な方法は?
コンテキスト長の上限を業務要件に合わせて絞ることである。推論基盤側で最大長を制限すれば確保領域がそのまま減る。次に効くのがKVキャッシュの量子化で、多くの推論基盤が対応している。モデル選定の段階なら、KVヘッド数の少ないGQA/MLA構成のモデルを選ぶのも有効である。
Q5. コンシューマ向けGPU(RTX 4090など)を業務で使ってよいか?
技術的には動くが、業務利用ではライセンスと運用の両面を確認する必要がある。データセンターでの利用条件、ECC非対応、連続稼働時の熱設計、保守体制が業務要件を満たすかを見る。検証はコンシューマGPU、本番はデータセンター向けという切り分けが実務的である。
Q6. クラウドGPUとオンプレはどちらが安いか?
稼働率で決まる。24時間365日フル稼働ならオンプレが有利になりやすく、日中のみ・断続利用ならクラウドが有利である。詳細な試算はローカルLLM比較2026のTCO試算を参照してほしい。なおコスト削減だけが目的なら、そもそもクラウドAPIのほうが安いケースが多い。 オンプレを選ぶ理由は通常データガバナンス側にある。
Q7. 見積もりはどこから始めればよいか?
順序は「業務要件 → コンテキスト長と同時実行数 → モデル候補 → VRAM計算 → GPU構成」である。モデルから入らない。 使い方が決まらないとVRAMは決まらず、VRAMが決まらないとGPUは決まらない。
次に読むべき記事
- ローカルLLM比較2026|オープンウェイトモデルの選び方 — モデルそのものの選定基準とライセンス
- オープンウェイトモデルとは?定義とライセンスの読み方 — 商用利用可否の判断
- LLMトークン節約5パターン|本番運用でコストを70%削るハーネス設計 — 運用コスト側の設計
- AIガバナンスと実装セキュリティ|6つの制御点 — オンプレ化の動機になるガバナンス要件
まとめ
- 必要VRAMは「重み+KVキャッシュ+オーバーヘッド」の合計で決まる。見積もりを外す原因はほぼKVキャッシュ側にある
- 重みは総パラメータ×精度バイト数。FP8なら30Bで約30GBという対応を押さえる
- MoEは総パラメータで見積もる。 アクティブパラメータは演算量の話であり、全エキスパートがVRAMに常駐する
- KVキャッシュはコンテキスト長と同時実行数に比例する。30Bモデルでも100万トークンを1本張れば約98GBに達し、重みを超える
- 「1M対応」は上限であって定員ではない。同時実行数と掛けた実効値で設計する
- 2026年8月時点で1T超のフラッグシップは最大構成のHGX B300(2.1TB)にも収まらない。自社で建てるのは30B〜120B級、フラッグシップはAPIで使う
- 見積もりは業務要件から始める。モデルから入らない
FDXのローカルLLM導入支援
FDXはAX(AI Transformation)の実装パートナーとして、業務要件の分解とAI適用範囲の見極めを支援している。オンプレLLMについては「そもそも自社で持つべきか」の判断と、業務要件から必要な構成要件を整理するところまでが対応領域である。GPUそのものの調達やデータセンター設計は扱わない。
「オンプレでLLMを持つべきか」の判断自体から迷っている場合は、まず業務を分解して適用範囲を見極めるところから着手するのが早い。AX診断では、どの業務にどの構成が要るのかを整理した上で投資判断の材料を作る。
出典・参考文献
モデルのパラメータ数は各モデルの公式モデルカードで確認した値である(2026年8月26日確認)。
- Moonshot AI「Kimi-K3 Model Card」
- Alibaba「Qwen3.8-2.4T-A95B / Qwen3.8-27B Model Card」
- DeepSeek AI「DeepSeek-V4-Pro-0813 / DeepSeek-V4-Flash-0731 Model Card」
- Z.ai「GLM-5.2 Model Card」
- Mistral AI「Mistral-Small-4-119B-2603 Model Card」
- OpenAI「gpt-oss-120b Model Card」
- Google「gemma-4-31B-it Model Card」
- Meta「Muse-Glimmer-30B Model Card」
- 国立情報学研究所「llm-jp-4-33b-thinking Model Card」
- Preferred Networks「plamo-3-nict-31b-base Model Card」
- NVIDIA「HGX Platform 製品ページ(HGX B200 総メモリ1.4TB / HGX B300 総メモリ2.1TB)」